アニマルライツセンターの調査1 2 3では、屠殺場で豚を移動させる時には電気スタンガンの使用が一般的です。
他の方法を試してどうしても動かないからスタンガンを使うというのではなく、まるで他の方法はないかのように、はじめからスタンガンが使用される場面を見ることもあります。豚が前に進めないのに、後ろからスタンガンが押し当てられることもあります。
豚に対するスタンガンの多用は、日本も加盟するOIEの屠殺の動物福祉基準で「動く場所がほとんど、もしくはまったくない動物は、動きを強要する追い立て道具やその他の補助道具や肉体的暴力を受けないこと。電気式追い立て道具や刺し棒は、非常時のみ使用し、動物を移動するため日常的に使用しないこと。」とされており、正しいことではありません。
スタンガンを押し当てられた豚は例外なく悲鳴を上げますが、これは豚が苦しんでいる証拠です。豚がとても繊細な生き物だということを忘れないでください。「軽い叩き」でさえも豚に恐怖を植え付けることができるほどです。
豚を屠殺場に送り出した生産者にとっても、スタンガンの多用は不快なことです。豚にストレスを与え「肉質」に影響するからです。
日本に比べて動物福祉が進んでいる諸外国では、豚の移動のさせ方一つにしても適切なやり方が研究されています。福祉的でスムーズで、効果的な移動のさせ方について説明した動画を紹介したいと思います。
カナダの豚肉生産者団体の動画 (c) Manitoba Pork Council 2013
動画右下の歯車マークから>字幕を選び>自動翻訳で日本語を選択すれば、日本語字幕が出ます。
ただし、自動翻訳では分かりにくい部分が多いので、重要だと思われる部分をいくつか意訳し、ARCの補足を加えて説明します。
はじめに基本的なこととして次のようにいっています。
- 賢いハンドラー(動物を扱う人)は、たんに豚を早く移動させることだけを考えるのではなく、豚にストレスを与えないことにも集中している。それは効果的な作業にもつながる。なぜなら穏やかな豚は移動させるのが簡単だからだ。
- 穏やかで忍耐強い扱いは、豚をスムーズに移動することを可能にする。いっぽう豚を急かしたり、何度も押したり、叫んだり、豚のフライトゾーン(動物が侵入されたときに脅威を感じる範囲)に継続して入ることは、移動に対して豚を恐怖させ、動かすことが困難になる。
フライトゾーン
- 円で囲まれた部分がフライトゾーン。フライトゾーンは個体によって異なる。また移動の際に豚を穏やかに扱うことでフライトゾーンは狭くなり、より扱いやすくなる。
- 豚後部の黒い斜線部分が豚にとっての死角となる。死角に人が入ることを豚は嫌うため、死角に入ると豚を逆戻りさせてしまうことがある。カナダの「豚の扱いの行動規範」には「無警戒な豚に死角から近づかないでください」と書かれていたりする。CODE OF PRACTICE FOR THE CARE AND HANDLING OF PIGS
- 豚を前方に移動させたいときはバランスポイント(Point of Balance)よりも後ろに立つと効果的に移動させることが可能となる。
- 興奮して神経が過敏になっている豚に対しては、特に彼のフライトゾーンを尊重して近づきすぎないこと(近づきすぎると彼はより興奮し怯え、扱いが難しくなる)
- プラスチックパドル(下写真)は、フライトゾーンに人が深く侵入することなくハンドリングすることを可能にするため、有益である。
写真:プラスチックバドル。
振ると音が鳴る。パドルの側面(平らでない部分)を豚にあてたり、叩いたりしてはならない。豚を止まらせたいときはパドルを豚の顔前に持っていくと、(叩くのではない)止まらせることが可能。
豚を後ろから押さないほうが、移動がスムーズ
3:40~4:17 母豚が移動される様子です。ハンドラーはボードを持っていますが、ほとんどそれを使用していません。ハンドラーは豚の斜め後ろあたりに位置しています。豚は耳をそばだてて注意深くハンドラーの位置を確認しつつ前に進んでいることが分かります。豚が立ち止まって後ずさりした時だけボードを使いますが、豚が後ろに下がれないようにボードでブロックするだけで、ボードを使って豚を押しやるようなことはしていません。そしてそれは結果的に豚のスムーズな移動に繋がっています。
いっぽう、4:17~4:45の動画はこれと反対で、ボード使って母豚を何度も押しやっています。そうすると豚はこのハンドラーの脅威から逃れるためにUターンして戻ろうとします。
豚を前に動かそうとするときに、後ろから何度も押すというのは実は非効率なやり方なのです。
群れの豚を移動させる時は、先頭の次の豚を動かす
6:07~6:38 豚の群れを移動させる時の様子です。移動時に群れがストップしてしまった時は、先頭の次にいる豚にプラスチックパドルでポンポンと軽く叩くことで群れの移動を促すことができます。動かないときに先頭の豚に対してこれをやると、先頭の豚に警戒心を抱かせ、安全な群れの中に戻ろうとして逆戻りをさせる結果となることがあります。群れの最後列の豚を軽く叩くことも、群を進ませることに少しの効果はありますが、先頭の次にいる豚はより効果的です。
音を利用して豚を移動させる
豚は聴覚・嗅覚で周囲の状況を判断し、視覚はその二つの感覚から収集された情報を保管する役割を果たしています。豚の耳の外観からも分かりますが、豚は聴覚は鋭敏です。豚はノイズを圧力として認識し、動きます。豚を軽くポンポンと叩くのと同じ効果があります。
7:00~7:17 プラスチックパドルの音(プラスチックパドルは振れば音が鳴る仕掛けになっています)で豚を移動させる様子です。音は、豚を急かして鳴らし続けるのではなく、豚の動きが止まったり、ゆっくりになった時に鳴らします。(音は子豚により効果的です)
7:37~8:10 の動画からは、音を鳴らし続けることがいかに豚を混乱させ、不安にさせるのかがわかります。先頭の二頭の豚は、はじめ傾斜を登ろうとしていましたが、後ろの継続する音に怯えて、本能的に安全な群れの中に戻ろうと逆戻りしてしまっています。過度のプレッシャーは彼らが前に進むことを妨げます。
豚がとても繊細な生き物だということを忘れないでください。
スムーズな移動には準備が必要
10:05~10:21 床に落ちている物体や、床の形状の変化、差し込む光などで豚の群れの動きが停滞している様子です。スムーズに豚を移動させるためには、移動させる前に豚の目線に立ってこれらの豚の気を散らしてしまう物を排除することが必要です。
豚を一度に大勢移動させようとするとかえって時間がかかる
10:43~11:46 はじめに数の多い豚をトラックに移動させる様子がでてきます。多すぎるためハンドラーは移動させるのに時間を要しています。つぎに数の少ない豚の移動の様子が出てきますが、こちらはスムーズに移動することができています。動画では初めの豚のグループサイズは13頭で60秒以上、次のグループは8頭で20秒かかっています。(適切なグループサイズに決まりはなく、豚の体重(小さな豚ほど大きいグループサイズでの移動が可能になります)や、ハンドラーの能力に応じたものになります)
移動を促して「待つ」、促して「待つ」が大事
12:22~12:48 母豚を移動させる様子です。動かない豚に対して、ハンドラーは前に動くように促すために軽くタッチしています。タッチするとすぐに手を離してハンドラーは待ちます。豚が前に動いてまた止まると、ハンドラーも前に一歩進みます。すると豚はハンドラーの動きに応じて前に進みます。また豚がとまると、ハンドラーは軽くタッチして、手を離して待ちます。すると豚は前に進みます。
ハンドラーの行為にはすべて「待つ」という時間が伴っています。ハンドラーの要求に対して、豚に「前に進むのは安全だ」と納得させる時間を与えることがスムーズな移動に繋がります。
時間がかかるように思うかもしれませんが、動かない豚を無理やり動かすよりもずっと早く移動させることができます(無理やり動かすことがどれだけ不毛なのかは15:27~16:10を見てください)。
12:49~13:16 プラスチックパドルを使い、トラックへ豚の群れを移動させる様子です。このハンドラーもまた、プラスチックパドルで豚をポンポンと軽く叩いては待ち、パドルで床を叩いては待ち、豚がハンドラーの要求に応える時間を与えています。ハンドラーは必要なしにパドルを豚にあてることはなく、地面をたたき、音で豚を移動させています。豚がとても繊細な生き物だということを忘れないでください。軽い叩きでさえも豚に恐怖を植え付け、動きを妨げます(待つ時間を与えずに豚を叩き続けるのがどれだけ不毛かは、16:10~16:47を見てください)。
15:27~16:10 母豚を体重計まで移動させる様子です。ハンドラーは豚の応答を待たずにひたすら押し続けています。豚はそのプレッシャーから逃れて安全な場所へ移動しようとして逆戻りしています。豚はプレッシャーをかけ続けられ混乱し、移動に多くの時間を要しています。
16:10~16:47 豚の群れを移動させる様子です。このハンドラーはパドルで豚をポンポンと叩き続けています。豚の耳をみると、後ろで追い立てるハンドラーに大きな注意を払っていることが分かります。しかしこのハンドラーは自分の要求に対して豚が対応する時間を与えずひたすら叩き続けています。それが豚の移動の流れを止めてしまっていることが分かります。
フライトゾーンを利用して群を移動
18:11~19:16 豚のフライトゾーン(動物が侵入されたときに脅威を感じる範囲)を利用して、群れを移動させる様子です。ハンドラーは、豚の群れを前から後ろへ歩いているだけですが、豚は穏やかに移動しています。
これはただ豚の群れを前から後ろへ歩けばいいというものではなく、ここでもハンドラーの穏やかな動きが重要になります。時に立ち止まりながら、大げさな身振りをするでもなくゆっくり移動するハンドラーに対して、豚はフライトゾーンを次第に狭めていき、耳をそばだてて警戒しつつも大きな動揺を見せず、緩やかに移動しています。もしハンドラーが大げさな身振りでずかずかと群れの中に入ってきていれば、豚は怯えて固まり折り重なって混乱を招いていたことでしょう。
19:20~21:44 ペン(豚房)の豚の群れを移動させる様子です。これも豚のフライトゾーンを利用しています。ハンドラーはペンの端に立ち、豚のフライトゾーンを利用してペンの外に追い出しています。豚は自分を脅かすヒトを監視していたいと思います。同時に豚は仲間と共に行動したいという強い気持ちがあります(年をへた母豚やオスの種豚は個別に移動させることが多いです。しかし豚は群れで生活する生き物で、若い豚は群から引き離されることを極端に嫌がります)。これを利用して、ハンドラーは豚の視界に入り、なおかつペンの出口から出ていく仲間が見える場所に立っています。
ハンドラーが豚に触れることなく、豚たちは自発的にペンの外に順々に出ていきます。
ここでもプレッシャーを与え続けないことが大事です。ハンドラーは左右にゆっくり動き続けています。ゲート側に体を近づけて豚に外に出ていくようにプレッシャーを与えると、今度はゲートから離れて豚をプレッシャーから解放し、自分で考えて外に出ていく時間を与えています。
後ろから豚を追い立てることは、逆に豚に後ろに注意を向けさせ、逆戻りさせることにつながります。逆戻りした豚につられて他の仲間も戻ってきます。
21:50~22:24 ペンの豚の群れの後ろから追いやることで、ゲート付近に豚を一時に集めてしまい、そのため豚の動きが止まってしまっている様子です。このハンドラーは賢いやり方で豚にプレッシャーを与えてるにもかかわらず、豚の群れの後ろから働きかけたことで、豚のスムーズな流れを作ることに失敗しています。
豚がとても繊細な生き物だということを忘れないでください。それを忘れて暴力的に、雑に、強引に豚を移動させようとするなら、豚に多大なストレスを与えるだけでなく、肉質にも悪影響を及ぼし、自分の労働負担も増えます。
デンマークの屠殺場
日本の屠殺場