サルモネラ菌は、鶏、豚、牛などの動物の腸管や河川、下水など自然界に広く分布しており、2,500種類以上もの血清型が知られています。
鶏や豚や牛などの動物の消化管では常在菌として存在していますが、ヒトにおいては、消化管における保菌数が極めて少ないものとなっています。そのため、一部のサルモネラはヒトに対して病原性を示し、おう吐、腹痛、下痢、発熱などの食中毒を引き起こすことがあります。
原因食品の一つに卵やその加工品があります。
サルモネラに感染した鶏がサルモネラを含んだフンをし、そのフンが鶏卵の表面(卵殻)に付着し残ったままになったり、感染した鶏の体内で卵殻が形成される前に卵巣や卵管を経由してサルモネラが卵の中に侵入*してしまうことがあるからです。
*卵の中に侵入するのはごく一部の血清型。後述のサルモネラ・エンテリティディスなど
鶏がサルモネラに感染した場合、ヒナでは下痢などの症状が見られることがありますが、成鶏では多くの場合症状が見られません。しかし鶏肉や鶏卵を通じて人が感染した場合は、食中毒を引き起こす原因となります。
Salmonella Enteritidis
(SE:サルモネラ・エンテリティディス)
日本国内患者から検出されたサルモネラの血清型が一番多かったのはSalmonella enteritidis(SE:サルモネラ・エンテリティディス)と呼ばれるサルモネラ菌です(2007~2012年 *1)。
このサルモネラ・エンテリティディスについて、2004-2005年に EFSA(欧州食品安全機関)はEU内である調査を行っています(*2)。
これは、ケージ(cage)、平飼い(barn)、放牧(free range standard)、オーガニック(organic)と、鶏の飼養形態ごとにサルモネラ・エンテリティディス(S.Enteritidis)を調査したものです。
これを見るとケージ飼育において、最もサルモネラ・エンテリティディス率が高くなっています。
Salmonella Typhimurium
(ST:サルモネラ・ティフィムリウム)
また、日本国内患者から検出されたサルモネラの血清型が上位に入っていたサルモネラ・ティフィムリウム(ST:Salmonella Typhimurium)(2007~2012年 *1)についても同様の調査が行われています。
(SE、STともに届出伝染病に指定されているサルモネラ症です。)
サルモネラ・ティフィムリウムについても、2004-2005年に EFSA はEU内で調査を行っています(*2)。
こちらも、ケージ飼育において最もサルモネラ・ティフィムリウム率が高くなっています。
このEUの報告とは別に、2006年から2010年の間に行われた15の科学的研究のいずれもが、ケージ飼育においてサルモネラ菌の割合が高いと示しています(*3)。
このような結果も踏まえ、EUでは2012年にバタリーケージが廃止されました。
一方、アメリカではバタリーケージと、巣箱や止まり木のあるエンリッチドケージを比較した研究が行われ、やはり、鶏たちにとってストレスの高いバタリーケージの方がサルモネラ菌が内臓や糞から検出される頻度が確実に高かったという結果でした (*4*5)。
また、日本では屋外での飼育は鳥インフルエンザの危険が高まるという印象があるようですが、2007~2015に渡るスウェーデンでの調査では屋外飼育でも屋内と比べてサルモネラの感染率に統計的有意な差は見つかりませんでした (*6)。
強制換羽の影響
また、強制換羽を実施すると、次のような傾向があることも報告されています(*1)。
- 鶏がサルモネラに感染しやすくなる。
- サルモネラに感染している鶏は、ふんの中に大量のサルモネラを排せつする。
- サルモネラ・エンテリティディスに感染している鶏の卵の内部に、サルモネラ・エンテリティディスが侵入する割合が高くなる。
採卵効率をあげるために実施される給餌制限(強制換羽)は、鶏の免疫機能の低下や消化管細菌叢に大きな変化を引き起こします。給餌を制限されてストレス状態にある鶏は、サルモネラ感染のリスクが高くなります。
基本的に平飼いや放牧飼育では強制換羽は行われないので、ケージ飼育のほうがサルモネラのリスクが高くなると言えるかもしれません。
ウインドウレス鶏舎と開放型鶏舎の比較
近年、中小規模の養鶏業者が潰れ、ウインドウレスの大規模な養鶏場が増えています。「伝染病予防」というのもウインドウレス鶏舎が建設される理由になっています。しかし、国内の採卵鶏農場のサルモネラ陽性率の調査(2007年度)(*1)では、開放型鶏舎よりもウインドウレス鶏舎のほうがサルモネラ陽性率高いという結果になっています。
ウインドウレス鶏舎の中で卵用に飼育される鶏は、卵をより効率よく産ませるために、光線管理が行われています。15時間点灯9時間消灯がもっとも生産的であると言われており、その明るさは10ルクス程度あればよいとされています(*7)。10ルクスは豆電球かロウソクほどの明るさしかありません。
鶏たちは明るい場所を好みますが、ウインドウレス鶏舎の中でそのような明るさは望むべくもなく、薄暗い鶏舎の中で一生のほとんどの時間を過ごさなければなりません。狭いバタリーケージに閉じ込められ通常行動を発現することができず、陽の光を浴びることもできず強制換羽をされてストレスいっぱいで飼育されている鶏が健康でいられるはずはありません。
密閉されたウインドウレスやケージ飼育=食の安全という考えが一部あるようですが、実際にはケージ飼育であれば安全だというわけではありません。不健康に飼育された動物から安全な畜産物が生産できるという考えのほうが不自然ではないでしょうか。
*1. 平成25年6月28日 農林水産省食品安全セミナー(微生物編) 資料2-4 鶏卵のサルモネラ属菌汚染低減に向けた取組
消費・安全政策課微生物チーム春名 美香
http://www.maff.go.jp/j/syouan/seisaku/risk_manage/seminar/pdf/siryou2-4_egg-salmonella.pdf
*2. EFSA(欧州食品安全機関)の調査
Report on the Analysis of the baseline study on the prevalence of Salmonella in holdings of laying hen flocks of Gallus gallus, The EFSA Journal (2007) 97.
https://efsa.onlinelibrary.wiley.com/doi/epdf/10.2903/j.efsa.2007.97r
*3. An HSI Report: Food Safety and Cage Egg Production, 2011
http://www.hsi.org/assets/pdfs/hsi-fa-white-papers/food_safety_risks_of_cage_egg.pdf
*4. https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0032579119395458 (2013)
*5. https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0032579119325301 (2015)
*6. https://link.springer.com/article/10.1186/s13028-017-0281-4 (2017)
*7. 畜産学入門(2012)